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2007 August

コミュニケーション有能への進化(47)

ロック思想のキーワード(2)boredom


 boredom (ボアダム)を日本語で言えば「退屈」ですが、しかし両者の違いは大きいです。最初にそれを説明しないと、キーワードの正しい理解に到達しません。

 まず第一の重要な違いは、「退屈」は形容動詞として使われることが多いのに対して、boredom は(英語には形容動詞がないが)形容詞ではなくて名詞です。このことに起因して、日本語の「退屈」は「今日は一人ぼっちで退屈だなー」のように個人の気分を表現することが多いのに対して、boredom は(環境などの)対象そのものを指して「それは退屈な物である」と決めつけます。

 この違いはとても重要で、しかも日本語文化と英語文化との間の深い亀裂(クレバス)を表しています。
 二つの、ほとんど同じ意味の表現を比べてみましょう:

  I am almost dying of boredom.
  死ぬほど退屈だ。

 基本的な語感として、日本語の「死ぬほど退屈だ」には、それを言った個人が退屈である具体的な理由や原因があります。その原因である物事が変化すれば、あるいはその物事との接触がなくなれば、退屈だと述べた人間は退屈でなくなるかもしれない。
 これに対して英語の「I am almost dying of boredom」は、具体的な理由がある状況だけでなく、もっと根本的に、人生そのもの、あるいは世界そのものを指して「退屈」と決めつけている語感があります。ロック音楽の歌詞に登場するboredom はほとんどの場合、このような、一般的で全体的な、深い、大きい、揺るがない、退屈です。それは、状況によって変わることもある個人の気分としての退屈、ではありません。

 だから、boredom を「退屈」と訳すと、その大きな、深い、普遍的な語感が失われてしまいます。

 欺瞞(lie) に覆われている今日の一般社会では、厭世主義(ペシミズム)は否定的で消極的な思想として受け取られがちですが、人生全体に対し、社会全体に対し、世界全体、宇宙全体に対してboredom!の言葉を投げつけるペシミズムは、むしろものすごく強力で積極的な思想です。
 むしろ、あらゆるオプティミズム(現世肯定主義)のほうが、ローカルで矮小で欺瞞的です。

 boredom!の究極のペシミズムを共有することは、私たちがコミュニケーション有能になるため、〜であるための、基盤になるでしょう。

 なぜなら、このペシミズムは、今の人生、今の社会とはもっと違う、退屈の正反対にあるものを、なんとなく展望しつつ、それと対照して現在というものを全体的に「退屈!つまんない!おもしろくない!うざったい!うそっぽい!今の人生&社会はうすっぺらな欺瞞だらけだ!」と感受していることの現れだからです。

 言い換えると、究極のペシミズムは、その背後に、未だかってなかった壮大なオプティミズム、ローカルでも矮小でも欺瞞的でもないオプティミズム、コミュニケーションに満ちあふれた明るい活気あるグローバル世界を予感し希求し観じています。
 その巨大な否定は、巨大な肯定の為せるわざです。

 昔も今も、メディアの表現のほとんどは、うすっぺらな、欺瞞っぽいオプティミズムの共有をオーディエンスに強要します(つまりローカル的、共同体的)。したがってその表現は、ずっと一貫して、真のコミュニケーションではないものでした。
 そして、かつてのロック音楽の一部のみが、究極の大きなペシミズムの共有を実現しようとする、希有な表現だったのです。大きなboredom!の共有から、私たちは共に前進を開始できます。

(本稿未了)


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